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2010-02

三度目の正直のアナログプリント。

今年に入って二度ネガフィルムをDPEに出してみたもののどちらもドアンダーなネガに仕上がってしまった。せっかく数少ないと言われているアナログプリントの店へ出張ってみたのに。
考えられる原因は三つ。賞味期限を遥かに越えた(常温で2年以上)フィルム、不安定な安物電池、古いカメラの露出機構。本来ならば同じ条件を揃えながら一つずつ切り分けて行くべきであろうがそこまでの予算は無いので最もあやしいと思われるフィルムを新しくしてテスト撮影。そしてDPEへ…。

まぁ結果は大当たりと言うか何というか…ケチらないで新しいフィルムを使えと言う話。それにしてもランニングコストが馬鹿にならない趣味だよ。フィルム代、現像代、プリント代等々。
現像だけしてスキャナで取り込めばデジカメのように扱える。んが、それならはなからデジカメ使えよとなるわけで。
葛藤はあるものの、不確定で不安定な要素の多いフィルムカメラでの撮影が面白い今日この頃。

ところで、ネガからのプリントには多分にオペレーターの主観が入り込む(色補正で)ので中々自分の思うような色が出るとは限らない。レンズの味云々を述べるとか正確な色が欲しければリバーサルフィルム(ポジ、スライド用)を使うしかない。その代わりプリントしようと思ったら物凄く高くつくのが玉に瑕。
アナログなプリントは寛容に楽しめる人向けだと思う。


2010年2月、祇園之洲公園にはねこが多い。Rollei35LED 40mmF3.5
にゃーにゃー言いながら撮らせてもらった。このカメラはこれ以上近寄れないのが欠点。
プリントでは毛並みとシャドー部が良く出ていた…

Atom Heart Mother、邦題「原子心母」。

恐るべし直訳な邦題だ。
PCで作業中にmp3で取り込んだ楽曲をシャッフル再生していたらこの曲が流れたので…。

俗に言うプログレッシブ・ロックの大御所、Pink Floydの大ヒットアルバムのタイトル。1970年発表。
このアルバムの表題曲を初めて聴いたのは二十歳そこそこの頃、偶然つけたFMラジオであった。
初めて聴いたにもかかわらずPink Floydの「原子心母」だと確信があった。何故かは分からないけれどもそんな音なのだ。その後結構早くにCDを入手したようなしないような。

しかし24分弱もある曲その他をノーカットで流すとは恐るべしNHK-FM。DJはもちろん渋谷陽一氏であった。ジャンルを広げようとロックアルバムガイド本とか参考に読んだ若かりし頃。結論としてはそんなの買うよりもCDを買えっちゅー話ではある。
そう言えばRockin’ Onも立ち読みすらしなくなって久しい。情報は専らwebからだ。つーか渋谷氏はあの雑誌から離れたんだっけか?多分検索すれば答えは見つかるのだろうが、どうでもいいのでほったらかし。

ついったー。

昨今流行っているらしいTwitterである。
いちいちログインするサービスに未だに抵抗がある(mixiとか)んだけど、ISSに長期滞在中の野口聡一宇宙飛行士のつぶやきには宇宙から見た地球の写真が数多く投稿されていてとても面白い。地球はとても変化に富んでいるのだ。つい先日は桜島の噴煙を捉えていたり。世界中の人が写真にコメントを付けているのも面白い。これぞボーダーレスなサービスだなぁと実感するのであった。ログインは面倒だけど(しつこい)。

紀伊国屋書店のレジ。

文庫本を買おうとカウンターへ赴く。お姉さんがカバーをどうするか聞いてくるので不要な旨告げる。代金の提示がありお金を渡すと奥のレジへ入金し釣銭を持って戻ってくる。釣銭を財布へ仕舞っている間に文庫本は袋詰めされその後手渡しされた。
さて家へ戻り袋を開けるとしっかりカバーがかけられているではないかっ。釣銭を仕舞っている間に目を離した隙にかけたようだ。うっかりど忘れミスだとは思うんだが、その最大の原因は「わざわざ奥のレジへ入金しに行くこと」を間に挟んだからだと思う。

どうして紀伊国屋にはレジが一つしかないのかと前々から不思議に思っていた。カウンターは沢山あるのに。客をさばく上では無駄な動線が生じているとしか思えない。トヨタ式カイゼンかなんかで出てきたような言葉を思い出してしまった。
レジを一つにするのは締めが楽になるからだとか盗難予防だとかレジ導入コストの削減だとか色々意見があるようだが果たして真相や如何に。

ちなみにカバーが要らない理由は、本を持ち出す時は同じものをずっと使い回すからだ。家で読むときはカバーは不要。別にエコだとかそこまで気にしてるわけじゃないんだけれどもね。

写真ネタ、徒然その5。

コンパクトで軽くて写りもそこそこ良くて絞りもシャッターもマニュアルで操作できて電池が無くても動作する、そんなサブカメラが欲しくて色々と調べていくとクラシックカメラの領域に踏み込んでしまった。
Rollei35LED(中古、1978年製)をそこそこの値段で見つけたのは2001年5月、今は無き天神のカメラのドイであった(またかよ)。例によってその場でフィルムを入れて試写してみたはいいが、巻き戻し時に不慣れから来るミスによってフィルムを感光させてしまった苦い思い出が蘇るぜ。

シャッタースピードと絞りはファインダー内LED表示の露出計で決定させるが古いからかいまいち当てにならない。目測ピントってのも忘れやすくピンボケを作りやすい。ホットシューが下側に付いているのでフラッシュ撮影時は上下逆に構えることになる…と制約も多いがこのコンパクトさとさりげなさには捨て難い魅力がある。

付属のTriotar 40mmF3.5レンズの描写は三枚玉ながら意外にシャープ…などとご高説を垂れる人がwebにゃ多いけれども、私見では見たままに写っていればそれで良かろう的レベルは十分クリアしていると思う。ただし露出とピントをしっかり合わせていれば。あと空を撮ると周辺減光がはっきりと分かる。

急いで撮るカメラじゃない。被写体との距離を見つめながら測りながらシャッターを切りたい。ネガを見返すと人物写真(ポートレート)ばかりだ。中々絶妙な焦点距離・画角なのかもしれない。


2001年5月、旧FLEX工場にて。元工場長の元縄張り。かなりアンダーなネガだった。Rollei35LED 40mmF3.5

旅のスタイルの変化。

目が覚め外へ出ると、朝靄の中だった。

1998年9月、川のほとりでキャンプ。OLYMPUS OM-2S/P 28mmF2.8
周りは一面田んぼで、夜中に風向きが変わると肥料の臭いがきつかった。

もう長いこと野宿ツーリングにも行ってない。日帰り林道ツーリングばかりだ。

サイコロの旅に影響されて身体一つで当ての無い旅もどきをやったことがある。以来旅のスタイルは公共交通機関を乗り継ぐものへとシフトしてしまった。例えば長距離フェリー乗り継ぎで日本一周とか。

旅は一人がいい。旅行は誰かと行くほうがいい。

写真ネタ、徒然その4。


1998年12月、福岡天神にて。ピカチュウ。OLYMPUS XA2 35mmF3.5
ちなみにこのカメラは元祖カプセルカメラの第2弾。プラ製だがそこまで安っぽくも無い(手前味噌?)。フラッシュも取り外せる。露出はプログラムオート専用。今は無き天神のカメラのドイにて中古を購入し、その帰り道に試写。試写と言いつつ2ヶ月ほどフィルムが入れっぱなしだったのはここだけの話。

上の画像は左から外光が入り右は蛍光灯、上からは白熱灯とこれでもかとミックスされた光源。フィルムにとっては一番辛い状況。スキャナで取り込むときにRGBに分けられるのである程度はホワイトバランスらしきものを追い込むことは可能なれど…何度も言うがデジタル化するのは面倒くさい。
しかし、それもまたデジタル時代の写真の楽しみ方だと思う今日この頃。
一番大事なのはその時カメラを持ちその瞬間を写し撮ったと言う事実。スナップ写真の面白いところは演出で無い偶然性に拠るところが大きく、手段はデジタルであろうがフィルムであろうが問題ではないのかもね。

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